2006年4月 9日 (日)

9日目 帰国

いよいよ帰るだけとなってしまいました。「家に帰るまでが遠足だ」と教頭先生に言われたことは一度も無いですが、珍道中なのでまだまだ気は抜けません。なんせ、来たときと同じく、イさんは別のルートで帰られるため、また3人ですから。こうして、ホテルの前でイさんとはお別れとなりました。

ミラノ-成田の直行便もあるのですが、空席がなかったのかローマでの乗り継ぎとなりました。ヨーロッパでは一定以上の金額の買い物をすると、日本の消費税にあたる分を空港で払い戻してもらうことができます。今回はその手続きをローマで行いました。税関で証明書にはんこをもらい、すぐ隣にあるカウンターに証明書を提出するだけでOKです。

こうしてローマを出発して約12時間、無事成田に到着しました。旅はここで終わりですが、今後もあの生地が、あのプロジェクトがどうなったかなどなど、イタリア物語をお届けできればと思います。

最後になりましたが、イさん、ムさん、ソレントさん、デさん、ドさん、その他多くの方々にお世話になり、たいへん貴重な経験をすることができました。ありがとうございました。Grazie mille!

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2006年4月 8日 (土)

8日目 フィレンツェ・ミラノ

明日は午前中に出発のため、実質的には今日が最終日です。

今日は、イさんは仕事の関係で午前中別行動のため、ムさんと先生と私でフィレンツェを散策することになりました。芸術の街だけあり、道端で絵を売っている人なども見かけます。またフィレンツェに本店のあるフェラガモなど高級ブランドはもちろんのこと、露店が並ぶ通りもあり、落ち着いた雰囲気ながらも活気のある独特の空気の街です。

正午過ぎにイさんと合流し、電車でふたたびミラノへと向かいました。夕方ミラノ中央駅に着くと、不思議とミラノに「帰ってきた」という感覚になりました。駅からは少し離れたホテルにチェックインした後、5日ぶりにミラノの市街を歩きました。わずか5日前なのに、間の5日間が濃かったせいか、ずいぶん久しぶりのような気がしました。

最後の夕食は日本での食生活にスムーズに戻れるように(?)、少し軽めにしたのですが、これがまたおいしく…帰りたくない!と思わせるんです。イタリアは罪な国です…。

その後また少し街中を歩き、ホテルに戻ることとしました。ホテルのロビーでこの旅を振り返り、少し話をしました。先生は、「イタリア」という国そのものに特別な意味があってきたわけではなく、イさんが特別な思いを持ち、多くの人に見てもらいたいと思う国に行こうと思われたということ。それがたまたまイタリアであったということ。そして、一緒にこれたこと自体が財産になるということを話されました。また、イさんは旅行中もたびたび話してくださった「人と人のつながり」ということについて、人はひとりで生きているわけではなく、支えあって生きている。だから人を大切にする…ということを話してくださいました。ふたりが話されたことは、表現は違えどもその核心は同じで、「人を見る、人を大切にする」ということなのだろうと思いました。私にとっても、さまざまな人の厚意やご一緒させていただいたイさん、ムさん、先生の言葉が心に残り、それがスイス・イタリアでのことだった、という記憶になりそうな気がします。普通なら「イタリアでこんなことがあった」となりそうなものですが…。

こうして、あとは日本への帰路につくだけとなりました。

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2006年4月 7日 (金)

7日目 フィレンツェ・エンポリ

今日は昨日夕食をご一緒したおふたりが働いてられる、イさんが取り扱うファッションブランドの本社を訪問しました。創業してまだわずか8年ほどにもかかわらず、現在も急成長中で、有名ファッション誌の巻頭に老舗一流ブランドに並んで広告が載るほど(これはかなり大変なことらしいです!)にもなっているそうです。社長もまだ若い方で、「思えばかなう」という思いが強く、その努力とこだわりの強さでここまでにされたとイさんがおっしゃっていました。

フィレンツェからローカル電車で40分ほどのエンポリという街にある本社は、普通のアパートのようなビルを間借りされていて、有名ブランドの本社がこんなところに?というような驚きを受ける外観でした。オフィス内はガラス張りの商談室などオープンなつくりで、スタッフも若い方が多く、明るい雰囲気でした。

さらに、ドさんに案内していただき、車で少しのところにある、現在工事中の新本社も見せていただきました。もともとばらばらだった工場の機能も集中させた近代的な大きなビルで、すでに製造工程の部分はこの新本社で行われています。オフィス部分などは社長の内装へのこだわりなどで、はじめの予定より3年も(!)完成が遅れているそうです。こちらもガラス張りで、吹き抜けになっていたりと、オープンで明るい雰囲気でした。完成すればメディアの取材で内部の写真も見れると思いますが、工事中の内部を見せていただけたのは貴重な体験でした。

Dsc00438_1Dsc00433_1この後、ドさんに車で街の周辺を案内していただきました。いわゆるトスカーナ地方に位置し、ダヴィンチが生まれた土地としても有名なこの地域は、穏やかな丘が広がり古き良き田舎といった場所でした。ちなみにイタリアに限らず西ヨーロッパの人は縦列駐車をするときの車の間隔がものすごく狭いです。そしてその狭いスペースに縦列駐車する運転技術もすごいんです。右の写真はドさんが入れた車です!

豪華な昼食をいただいた後ふたたび本社に戻り、ムさんと先生の丸秘プロジェクトの打ち合わせをドさんと行いました。(遊びに来たんじゃないんですよ!)プロジェクトの内容は私からは言えませんが、鳥肌が立つようなすごいプロジェクトです!この先、どのようになるかすごく楽しみです。

Dsc00445その後、仕事で本社に残られたイさんといったん別れ、私たちはフィレンツェへ戻りました。京都の姉妹都市でもあるフィレンツェの中心部は、自家用車の乗り入れは禁止されており、建物の建てかえにも厳しい制限があるため、数百年前の建物が並ぶまさに「古都」という雰囲気でした。

夕食は、デさんとデさんの奥さんとともに、フィレンツェの郊外の丘の上にあるレストランで食事をしました。ムさんはイタリア滞在中にやってしまわなければいけない仕事があるため、残念ながら今回はホテルに居残りです。奥さんに先生のことを紹介すると、「日本のアルマーニですね」とおっしゃっておられ、アルマーニを尊敬されている先生にとってもうれしい言葉だったと思います。奥さんには歌舞伎の生地を使ったバッグをプレゼントしたのですが、たいへん喜んでおられました。地元の人でいつもいっぱいのレストランはさすがに料理はおいしく雰囲気もよく、たいへんいい時間を過ごしました。

がんばって仕事をしているはずのムさんのために、お店でサンドイッチを作っていただき、ホテルに戻りました。サンドイッチを届けようとムさんの部屋のドアをノックするのですが、反応がありません。餓死しているんじゃないのかと、心配になり携帯を鳴らしたり、部屋の電話を鳴らしたりしたところ…ようやく起きてこられました。はい、爆睡中でした。「15分前に寝たばっかり」などと必死に弁解されていましたが、本当のことはムさん自身がいちばんよくご存知のはずです。それにしても、せっかくのすばらしい時間をいっしょに過ごせずにもったいないです…。

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2006年4月 6日 (木)

6日目 ポジターノ・ナポリ・フィレンツェ

今日はソレントから程近いカプリ島にある、有名な「青の洞窟」を訪問する予定でしたが…残念ながら天候に恵まれず、波が高く太陽も出ていないため、青の洞窟は中止となりました。

Dsc00402 代わりにソレントさんが連れてくださったのは、ソレントから小型のバスとでも離合が難しいような細い崖沿いの道を走ったところにある、ポジターノという小さな街でした。海に突き出した岩山にへばりつくように建物が並び、岩山の頂上には雲がかかり、まるで宮崎駿の映画のような世界でした。この街で少し立ち寄った靴などを扱うお店には、ここに嫁いできたという日本人の女性もいらっしゃいました。こちらでの生活をはじめた頃は、ものすごくお母さんを大切にするということに日本との違いを感じたとおっしゃっていました。

その後車でナポリへ向かい、ソレントさんに「ツアーでは訪れない本当のナポリ」とおっしゃっる下町などをドライブしました。ものすごく狭い道に小さなバスが走っているのですが、石造りの歴史を感じる建物が並ぶにもかかわらず、アジアの雑踏にも似たような混沌とした感じがあり、地方にごとに異なった歴史を重ねてきたイタリアの多様性が垣間見れました。また市内の中心部では、銀行強盗なのか、銀行らしきところに警察とテレビの取材が来ていたりと…ナポリらしいというか、「さすが」という街でした。

私たちはここから電車でフィレンツェへと向かうので、ソレントさんとはナポリの中央駅でお別れとなりました。本当に心が広くユーモアがあり、日本人的な心配りまでされるすばらしい方で、おかげでよい時間を過ごすことが出来ました。

フィレンツェには19時ごろに到着し、少し街中を歩いた後、イさんが日本での代理店をされているファッションブランドの会社の友人のデ○○○(以下 デさん)さんとド○○○(以下 ドさん)さんと食事に行きました。食事中、はじめはみんなで話をしていたのですが、いつの間にかふたりで近々行われる選挙のことやサッカーの話題の話し合いがはじまっていました。イさんいわく、イタリアの方は話に熱中してしまうと周りが話し掛けても耳に入らないこともしばしば…ということで、この後もかなり真剣にサッカー談義をされていたようでした。ちなみにフィレンツェといえば肉料理、特にステーキが有名で…私たちもものすごい厚みと量のステーキをいただきました。近頃触れていませんが、ムさんのおなかのよい栄養となったことは間違いなしです。さすがに私もちょっと太ってきたような…。

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2006年4月 5日 (水)

5日目 ソレント・カメオ・ポンペイ

Dsc00306 地中海を望むテラスで朝食をとりました。昨日は暗くなってから着いたので、街の全景が見れなかったのですが、テラスからは切り立った崖の上に、レンガ色の屋根ととカラフルな壁の建物が並び、その間に多くの緑が点在するソレントの全景を眺めることが出来ました。今日は朝もゆっくりだったので、またも朝から贅沢な時間を過ごすことになりました。

Dsc00326その後、ソレントさんにホテルまで車で迎えにきて頂き、車で30分ほどのカメオの工場へ向かいました。「工場見学」と聞いていたので、小学校の社会見学で行ったような大きな工場を想像していたのですが、外から見ると「少し大きな家」というたたずまいでした。ソレントさんに、工程に沿って潮の香りがする工場内を案内していただきました。ここでは主に、貝殻のカッティング、整形、研磨を行っており、実際にデザインを彫っていくのは、職人さんが主に自宅で行うそうです。そしてその作業のすべてが手作業で行われているため、大量生産もできないそうです。「大きな工場」をイメージしていること自体が間違いだと納得させられました。 左の写真は現存する最も古いカメオで、約200年前に作られたものだそうです!

Dsc00332Dsc00345  午後からは火山の噴火により壊滅したポンペイの遺跡を訪れました。2000年前の都市の遺跡は、柱や壁に刻まれた文様が残されており、先生は着物のデザインの参考にと熱心に見ておられました。もうすぐ「袋帯 ポンペイ」といった作品が生まれるかもしれません…。そのころイさんは、たいへんなことをされていましたが、それはここでは言えません。知りたい方はポンペイまで行って、案内してくださったガイドさん(右写真)に聞いてみてください。このガイドさん、味のあるおもしろい方でした。

Dsc00372fix  夕方ソレントに戻り、この旅の重要なミッションのひとつでもある生地の買い付けに、街の生地屋さんを訪れました。はじめは店のご主人もなかなか先生の求めるものが分からなかったようでしたが、ひとつ先生が「これ!」と言った次の瞬間から、「それがいいなら、これはどうだ」というように通じ合っていました。言葉は店のご主人のイタリア語をソレントさんが英語に通訳し、その英語をイさんが日本語に通訳する…という感じだったのですが、「生地」を扱うプロ同士で、お互いに「さすがだな」というような空気が生まれていました。しかも、ご主人が25年前から使いつづけているという電卓は、先生のものとまったく同じもの。どこか通じ合うものがあるような2人に見えました。けっきょく2時間ほど、熱いやりとりが行われ先生も満足いく買い付けができたようでした。

Dsc00399その後、ソレントさんに会いに来られた遠距離恋愛中の恋人さんを交えて夕食に行きました。ローマの空港でソレントさんが一目惚れして以来…というのもすごいですが、納得させられるきれいな方です。この恋人さんが来られてから、ソレントさんは別人のようにずっと笑顔で、ハイテンションになってられました。わかりやすく。しかも食事中も私たちの目の前で、愛をささやきあい…。ザ・イタリア人という感じで、すごいなぁ…と思わず見入ってしまいました…。さらにおもしろかったのは、ソレントさんが知っている日本語を披露してくださったのですが…その言葉というのが「ワレ、ナメトンカ!」。しかもアメリカ人から教わったとか。最後にソレントさんがレストランのボーイさんに向かって「ワレ、ナメトンカ!」と言いながら支払いをされていたのには、私たちも今日一番の大ウケでした。写真はレストランを出て、寄り添い歩くおふたりです。ちなみにこの直後、ある事件がおこりソレントさんは彼女の蹴りをくらうことになりました。「事件」の詳しい内容は言えませんが…(ごめんなさい)。

というように、今日はすごく濃い1日となりました。

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2006年4月 4日 (火)

4日目 ミラノ・ソレント

今日は午前中、少しだけミラノの中心部を散策した後、電車で中南部の都市ナポリへと向かいました。おおよそ東京から岡山くらいの距離で、約6時間の長旅だったのですが…またまた優しすぎるムさんの話題で盛り上がり、あっという間にナポリに到着しました。

ナポリではイさんの友人で、カメオという貝殻を彫って作ったアクセサリーなどを制作する会社の若旦那さんであるソレントさん(仮名)が、車で駅まで迎えに来てくださっていました。そこからソレントさんが予約してくださった、ソレントという街にあるホテルまで1時間半ほど車で移動です。

ナポリ中心の石畳の道路は、車線を区切る線が引かれていないところもあり、かなり無秩序に車が入り乱れて走っているという感じでした。北部の都市と比べると治安もあまり良くないらしく、ソレントさんもミラノが東京なら、ナポリは大阪みたいなものだとおっしゃっていました。ソレントさんは仕事で年に何度か日本に来られており、日本のこともいろいろご存知なのですが、大阪=無秩序、治安が悪いというイメージはイタリアでも共通(?)のようです。

Dsc00296_1ソレントは地中海に面した切り立った崖の上に広がるリゾート地で、レモンやオレンジでも有名な街だそうです。そういえば『帰れソレントへ』という歌を習ったのを思い出しました。ホテルも、なんと崖の岩を掘って作られたもので、もともと古くからレストランとして使われていたものをホテルに改装したそうです。崖を掘ったものなので、屋上(?)が入り口になっています。オーナーがインテリアデザイナーということもあり、地中海を見下ろす大きな窓のある部屋はまさにデザイナーズホテルといった感じの洗練された空間でした。

さらにこの街は目の前の海がよい漁場で、おいしい海の幸が取れるのも魅力なのです。イさんもイタリアの魚はおいしくないと思ってられたようですが、この近辺の魚はとてもおいしく、夕食も海の幸を堪能しました。

ここまでの3日間でも贅沢だったのに、今日はいろんな意味でいっそう贅沢な1日でした…。

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2006年4月 3日 (月)

3日目 ミラノ

Dsc00271_1今日は午前中にチューリッヒから電車でイタリア ミラノに向かいました。車窓にはアルプスの山々と霧のかかった湖の美しい景色が広がります。移動中、はやりの脳年齢を測るゲームをやってみました。ムさんも私もかなり老化が進んでいるようで…。

また、イさんがイタリアでのビジネスがどのようなものかを少し話してくださいました。イタリアでの商談は、はじめに商品ありき、価格ありきではなく、取引相手のビジョンが大きなポイントになるということ。それは同時に、日本でありがちな「自分はお客様なのだから」といった理由で仕入先を低くみたり、仕入先を「業者」などと呼ぶ関係とは違い、取引先を「パートナー」と考える関係を築くことが重要だとおっしゃっていました。

Dsc00277fixDsc00275_1 そうこうしているうちにミラノに到着。ミラノ中央駅(左写真)はまるで劇場のような重厚で美しい建物です。 地下鉄でミラノの中心部へ移動し、街中を歩きました。エマヌエーレⅡ世のガッレリア(右写真)と呼ばれるアーケードの中にはプラダの本店なども並んでいるのですが、この中心部にイさんが取り扱う急成長中のブランドが近日お店をオープンさせるそうで、すでにシャッターなどに名前が入っていました。

その後ミラノのショッピングストリートなどを歩きまわりました。さすがに世界のファッションの中心地ともいえる街だけあり、さりげない小さなお店でも非常に洗練されていました。ブランドが積み上げてきたものと同じように、街が積み上げてきた歴史がこの研ぎ澄まされた空気を生んでいるんだろうなぁと感じました。

Dsc00280ムさんはのおなかは今日も順調です。電車の中のポテトチップがよい栄養に…。(注:右の写真は力をいれておなかを凹ませています!)

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2006年4月 2日 (日)

2日目 バーゼルワールド・チューリッヒ

今日は7時にホテルのロビーに集合だったのですが…さすがイさん。7時を過ぎても現れないイさんの携帯を鳴らすと、「今起きました」ということでした。

Dsc00250Dsc00249どうにか予定していた電車にも間に合い、時計や宝飾品の世界最大の展示会『バーゼル・ワールド』の開催地バーゼルへ向かいました。会場は世界中から人が集まってきており、日本からも雑誌の取材らしき人たちが。会場入り口は屋外なのに青絨毯です!私は中に入る前から圧倒されっぱなしでした。

Dsc00251_1展示会には私でも知っているような有名ブランドから、聞いたことも無いブランドまでがブースを出しているのですが、出店の審査はすごく厳しいらしく、聞いたことの無いブランドといえど、かなりのファンを持ったブランドだそうです。世界は広いなぁと思う一方、その中でも一握りの超有名ブランドの積み上げているもののすごさを実感しました。

Dsc00252 もうひとつ目を奪われたのは、ディスプレイの美しさでした。ひとつの商品を「魅せる」ために、さまざまな工夫がされているのです。ひとつひとつを美しく見せるための努力は、それだけ商品への思い入れがなければ出来ないことだと思いました。先生もひとつひとつの着物、帯、小物に思い入れをもって作ってられるのに、展示会ではなかなかその思いをあらわせるディスプレイが出来ないでいるということに、もどかしさのようなものを感じてられたようです。

Dsc00242 その後イさんは商談のためバーゼルに残られ、私たちはチューリッヒに戻り、市内を歩くことにしました。ヨーロッパの他の大都市に比べ、車の量が少なく、静かで美しく穏やかな街をゆっくり歩いて回りました。

Dsc00257夜になって再びイさんとチューリッヒで合流し、夕食にはスイス名物チーズフォンデュとオイルフォンデュ(油ではなくダシのような感じで日本のしゃぶしゃぶにそっくり)をいただきました。4人でゆっくり食事をするのはこれがはじめてだったのですが、優しすぎるムさんの話題で盛り上がりました。内容は「ピー(放送禁止)」が入りすぎて意味がわからなくなるので控えさせていただきます…。要約すると、「やさしい」と「やらしい」は言葉は似ているだけで別物なのに、ムさん的には「=(イコール)」だということです。そして、ムさんのおなかは今日も順調にお育ちのようです。右の写真は昼のパスタ、リゾットetc.です。

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2006年4月 1日 (土)

1日目 出発!

今回は成田から出発するため、先生と私は朝6時前に京都からタクシーで伊丹空港へ向かいました。

その車中、先生はこの旅に行くことの理由のひとつを話してくださいました。今回の旅は、「いくらの売上を出さなくてはいけない」といったノルマも何もなく、直接は利益を生むことも無いもの。それなのに10日間という長い時間を割いたのには、社長自身が常に先頭に立って行動しつづけ、自分の行動範囲、視野を広げることが必要だと考えてられるから。その背景には、がんばっているか、人の上に立つ人間なのかは自分で決めるものじゃなく、他人が決めることであるという信念があるから。社長室の椅子にのけぞり返って偉そうにしているうちは、それはまだ愚か者なのだと。実際に社長室の先生の椅子の背もたれには、大きな傷がつけられています。それが「愚か者の傷」…ということを話してくださいました。

伊丹空港で成田行きの飛行機の搭乗を待っているとき、今回ご一緒させていただくム○○○さん(以下 ムさん)から、上野駅で待ち合わせのイ○○○さん(以下 イさん)が集合時間に来ないというメールが来ました…。さすがです…イさん…。

成田に着くと無事イさんも到着されており、空港内のそば屋で4人が合流することになりました。そこではじめて、同じ便のチケットが取れずイさんだけは別の便で向かうことを聞かされました。つまり現地集合です。海外で使える携帯電話はあるとはいえ、なかなかの珍道中ぶりです…。

Dsc00226

イさんは私たちより1時間半ほど早い便で出発され、私たちは見送りに来てくださるというテ○○○さん(以下 テさん)を待つことになりました。見送りの人を待つというのもちょっと変わってますが…。そしてテさんに見送っていただき、エイプリルフール出発の珍道中が始まりました。

約12時間後、私たちはイタリア ミラノに到着しました。そしてそこからさらに飛行機を乗り継ぎ…到着したのはスイスのチューリッヒ。イタリア物語はスイスからはじまることになりました。どうにか無事チューリッヒの空港でイさんと合流し、ホテルへ向かいました。

1日目は朝の早さ、時差の関係による昼間の長さ以上に疲れる1日となりました…。この先、この濃いキャラクターの皆様方についていけるか不安です。

Dsc00229ちなみに今日、ムさんは7回食事をされたそうで、おなかがたいへんなことになっていました。この先さらに成長するのですが…。(注:右の写真はおなかに力を入れて凹ましています!)

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2006年3月31日 (金)

いよいよ

イタリア物語。いよいよ明日出発です。

イタリア物語…と言いつつ、最初に行くのは…まだ秘密ですが、イタリアではないのです。

まずはどこからスタートするかお楽しみに。

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